おはようございます
今日もいいお天気だー
昨日から作品をつくっています
てのひらにのるくらいの小さな作品
どこかに出すものでもなく
ただ、今やりたいものを形にしている最中
初期衝動を取り戻すかのように、つくりたいものに向かって
まっすぐに進むことが今の私には必要なようです
11月にあるcarbonさんでの展覧会「いとし紙展」に、
ご縁あって参加することになりました
それにむかってたったひとつのモチーフを前に試行錯誤中
バランスや大きさ、色、素材・・・
むむむ、むずかしい
思いや悩みは尽きないものですが 不器用でも
素直に真っ直ぐに、何事も後悔のないようにと思います
やらずに後悔するよりは、やって反省したほうがいい、かな。
おはようございます 今日もこちらはいいお天気です
秋が空気を満たしています
制作をしながらずっと心に引っかかっていたことは
初めてフェルトに出会った頃の衝撃とか喜びとか
自分の手からものが出来ていく事の喜びとか
何よりも自分のやりたいことをやりたいようにやっていくこととか
そういったものがどんどん薄れていっている事でした
私の事なんて誰も知らなくて、だからこそ思いっきり出来ていた事が
できなくなっているような窮屈さをずっと感じていました
数を「こなさなくちゃならない」とか
「求められているからつくらなくちゃならない」とか
思うようになってきていて
そういうことを見ないようにしてきたけれど
もう気持ちをごまかすことなんてできないくらい
ちゃんと真っ正面から見つめないとだめになってしまうくらい
気付かないうちに自分で自分を追い詰めていたんだなあと
ここ半月程いろいろと考えて、思いました
こういうことをここで書くと 多方面で
様々な誤解が生じるだろうなあと危惧していて
なかなか書けないでいたけれど
やっぱり私は自分に正直にしか生きられないし
そうでないと、死んでしまいそうな気持ちになる
「そういうことをうまくやり過ごして生きていくのが大人なんだよ」と
言われる事も承知で、でもそれでも私は、
「それが大人なのなら、大人になれなくてかまわない」
そう思います。
最大級のわがままを貫いて生きていきたい。
今、自分がやりたいことをやる。
それが人に受け入れられなくても。
自分と自分の作品に対して一番素直で正直でいようと思います
そうでなきゃ、表現してる意味なんてないじゃない?
マジックテープ。
ファスナー。
発明した人、やっぱすげー。
思うわけです。
マグネット、バネポーチに使うバネ、ボタン、ホック、
留め具にもいろいろ。
工夫を重ねてつくられたものに囲まれて生活していて、
それがあまりにも当たり前になっていて
恩恵に気付かないことってたくさんあるんだろう。
降ってきました。
雨。
次のステップへと進むための何かが必要
自分の中で矛盾のない仕事がしたい
30なのに、まだまだ苦しめ若者よ?
私がしたいことは、制作もあるけれど
大きく見たら「生きること」がしたいです
個展が終わって疲れも出ていたので
再び自炊をよくするようになりました
ちょっとしんどくても台所に立つようにしています
そのほうが、心は晴れやかです
最近作ったものの中では
バナナスコーンと手打ちうどんときな粉入りクレープが美味しかった
うどんは粉からこねましたですよ
吉弥さんの落語の中にある「風邪うどん」思い出しました
あれ、ほんっとに美味しそうなマイムなんだよなあ
・・・しっかし粉もの多いな
先日、個展の打ち上げってことで久し振りにお肉を沢山食べました
美味しかったです しかもおごりだとなお美味いという
ごちそうさまでした〜
おはようございます。
雨、やみましたね。
物干竿やハンガーたちにくっついている雨の雫が水晶みたいで、
とてもきれい。
ある人はピアノを弾くとき、とてもいい笑顔をします。
楽しそうです。
私、制作をしているとき、展覧会をするとき、
こんな顔をしているかな?
ふと考えちゃいました。
きっと、何かを表現し続けるということは大変なこともたくさんあって
楽しいだけではやっていかれない、とは思うのですが。
でも、そこを超えたら、本当に楽しくなっていくような気がしています。
私から出てきた作品たちは、空間たちは、
いい表情をしていると、思います。
そう信じます。
あっちこっちに揺れ動く私の感情の振り子。
それを、恥じないようにしたい。
振り子も含めて、愛したい。
弱い部分もあれば、ものすごく強い部分もある。それが私。
自分の最大の味方は、自分自身でなくちゃなりません。
朝起きたら雨でした。
雨好きだからいいんだけど。雨が降るととたんにだるーくなります。
(気の持ちようじゃないよ!)
雨音って良いものです。
Macから流れてくるピアノの音とコラボっております。
心がなんだかざわざわとして落ち着かないことってありませんか?
数日間何だかそんな感じ。
展覧会が終わった余波かな。
こういうときってあんまりごはんが喉を通らないのですね。
昨日出来た栗を食べたらちょっと落ち着きました。
こんな感じが以前にもあったなあなんて思い出した。
高校のとき、大好きな先輩に告白しちまった次の日の朝!
いやはや、なつかしい。
別に誰かに愛を打ち明けたとか(笑)
そんな色っぽいことは何も御座いません。
でも、ちょっとおおげさですが。
最近ふと気づいたのです。
今まで私は人から愛をもらいっぱなしの人生だったと。
両親から、祖父母から、友人から、ほにゃららから。
見返りとかのない愛情を。
だからきっと、いっぱい持ってるのです。
今だって、近しい愛する人びとからもらいつづけているのです。
いくらあげても減りはしないと思うのです。
今度は私が、人に差し上げる番なのではでは?と。
何かあったのか私???ふふーん。
人生はいとおもしろきかな。
さあ今日も一日をはじめるかね。
あと、ここは私が好きなように好きなことを書く場所だから、
みなさま心配とかご無用よ。そこんとこ宜しく。
気ままに生きていたいのです。
前世、猫。
思い立って栗の渋皮煮を作っていた。
一から作るのはとても手間のかかるもので 二日を要したが
ピアノのメロディアスな曲に乗っかって根気よく灰汁を取り続け
コトコトと。ちょっと人に自慢できる様な一品に仕上り、満足。
栗を煮た液が良い色で、せっかくだから草木染めをしようと染液にする。
サンプル程度の量だけ、羊毛を染めておいた。
渋皮煮は保存がきくので幾つかラム酒なぞ洋酒に漬けておこうと
思ったはいいが、私はふだんお酒を飲まないし 第一洋酒は苦手である。
よって、ない。・・・残念。
洋酒に浸かった果物などは好きなのだが。
物が沢山ある部屋は好きではない。しかし本はどうしても増えるので
時々古本屋に持って行く。
今日は大きな紙袋いっぱいの本を持って行った。
出来る事ならトランクひとつだけで生きていきたい位だ。
いよいよ本気でテレビも邪魔になってきたな・・・。
ピアノの音はいい。
高校まで習っていたから親しみがあるというのもあるだろう。
素晴らしい演奏に出会うとトリップする。頭の中に映像が浮かんでくる。
黒い鳥、鈍色の空、銀鼠色の海、佇む一人の女...
映画が出来そう。